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恋愛/キャリア/人間関係

演技、ドラマ、俳優【何かを演じること】

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私は女優さんや俳優さんを尊敬しています。

 

これまでにいろんなドラマや映画を観てきたけれど、毎度観るたびに、演じることを仕事にしている人はすごい!といつも思っています。

 

でも、そんな私も普段の生活の中で、何かしらを演じてたことがあったりします。

 

 

たとえば、

親の前で「いい子」でいようとしたこと。

好きな子に気持ちがバレないよう、無関心を装っていたこと。

本当はそこまで嬉しくないけど「わぁありがとう!」と恋人に笑顔を見せたこと。

 

 

そういう場面に出くわすたびに、「あぁバレてないかなぁ・・・」と、私は思ってしまうたちでした。

 

 

 

センサー

 

誰しもが、感度の強いセンサーを持ち合わせています。

 

言葉には言い表せなくても、なんとなく「この人変だな」とか、あんまり関わらないようにしたほうがいいかも、とか、「不自然さ」や「ぎこちなさ」を鋭く感じ取る能力に優れていると思います。

 

そういうときって、無意識に今までの経験などから照らし合わせていて、それにそぐわないものが浮き彫りになっている状態だと俺は思っていて、歳を重ねていろんな経験をしていけばいくほど、そのセンサーは鋭敏になっていきます。

 

大人になるにつれて子どもの「ごまかし」や「取り繕い」が微笑ましく見えるのも、やっぱり鋭敏なそのセンサーが発達していったおかげです。

 

 

 

だからこそ、俳優さんや女優さんは、ほんとうにすごいなぁと思うのです。

 

 

一切不自然さを感じさせないで、ずっと通しで演技を見せ続けることができるっていうのは、すごいスキルで。

 

自分というものをシャットダウンして、役になりきること。そういうことができる人って、感受性が豊かだったり、ある種の「柔軟さ」があるのかなぁと思います。

 

たとえば、私は千葉雄大さんのファンなのだけれど、ばーちー(彼の愛称)は、どことなく「フニャっとした役」が合っている気がしていて、泣き笑いといった感情がダダ漏れというか、どこか少年らしさが垣間見れる役柄にはぴったりなんじゃないかなぁと思う。

 

だけど、たとえば任侠物とかで演じているばーちーを想像してみても、あんまりピンとはこなかったりします。

 

 

変幻自在に演じる

 

「演技の幅」ってよく耳にするけど、それって「多面性」だなぁとつくづく思います。

 

何かを演じるって、その人のキャラクターに拠るところが大きい。

自分本来の性格に近しい人物を演じるのは、おそらく比較的容易なんだと思います。

だけど、その人のパーソナリティーから著しくかけ離れた人物を演じるのは、ちょっと難しい。

 

役柄に応じてガラリと演技を変えられる「カメレオン俳優」なんて人たちは、ちょっと特異というか、本当に尊敬します。

そういう奥行きのある人は、やっぱり魅力的に映るよなぁ、と思ったのです。

 

 

 

 

 

人生にはいろんなシーンが訪れます。

 

ありのままの自分でいられるときもあれば、心を鬼にしなければならないときだってある。

 

でも、どう演じるにしても、いつだって等身大の自分だけは見失わないようにしないとな、と思いました。