p-mag

恋愛/キャリア/人間関係

【コラム】「正しい」も「間違い」もない【部分でなく全体を見る】

f:id:pua-tokyo:20180519133352j:plain

 

正解不正解を求めないようにしている。

 

数学の問題のように、答えがひとつしかないものならいいのだが、我々が過ごす日々のなかで絶対的な答えが存在することは、ほとんどない

大きな括りでいうと「生き方」だってそうだ。誰がどう生きたって、それに絶対的な正解などない。正しかったか間違っていたかという意見は、全体の中の「ある一部分を切り取ってみた場合」になら当てはめられるかもしれないが、物事には背景やプロセスがある。日常という流動的な世界において「正しい」か「間違い」かは、一概には決められない。

 

例えば、
勝手に付き合っている彼氏の携帯を見た」という意見について、あなたはどう考えるだろう。

勝手に覗くなんてあり得ない。プライバシーってもんがあるだろ。」という人もいれば「不安にさせる彼氏が悪いから、別に見てもいいでしょ。」という人もいるだろう。察しのいい人はもうわかっていると思うが、どちらが正解か不正解かなど、ないのである。なぜなら、一番大事な前提がごっそり抜けおちているからだ。

 

ではもし、

・浮気性&DVの彼氏にほとほと疲れ切っていて、なんとか別れる踏ん切りをつけるためにわざと覗いたとしたら、どうだろう。

・普段からオープンな関係で、お互いの携帯を自由に見てもいいと決めているカップルなら、どうだろう。

・彼女名義で契約している携帯を、普段は彼氏が借りて使っているとしたら、どうだろう。

 

まぁ少し極端な例を挙げたが、これらの状況を鑑みれば、さっきあなたが考えた意見とはまた違った見方になるのではないだろうか。

「カエル」は「オタマジャクシ」という姿を経て変態していくように、物事にはそれに至るまでの過程がある。とかく我々は、結果だけを切り取って、結論づけてしまいがちである。

 

 

 

 

これは何も恋愛だけに限らない。全てに正しさや間違いを求めなくてもいい

部分ではなく全体を見るように、心がけてみてほしい。

 

 

 

追伸:

正しさや間違いにとらわれない、柔軟な思考力をもつ方法が、定期マガジンにある。

今すぐ購読し、手に入れよう。